大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所花巻支部 昭和49年(手ワ)4号 判決

原告 桜産業株式会社

右訴訟代理人弁護士 鈴木欽也

被告 後藤初男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六三万四、〇〇〇円および内金一〇万五、〇〇〇円に対する昭和四八年一一月二八日から、内金一七万四、〇〇〇円に対する同年一二月一七日から、内金一三万円に対する同年同月二八日から、内金二二万五、〇〇〇円に対する昭和四九年一月二八日から各支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え」との判決を求め、請求原因として次のように述べた。

一、被告は訴外野田栄一に対し左記のとおり約束手形四通を振出し、原告はこの手形四通を訴外野田から裏書譲渡を受けて所持している。

(1)  額面金額 金一〇五、〇〇〇円

支払期日 昭和四八年一一月二七日

支払地  北上市

支払場所 北上信用金庫本店

振出地  北上市

振出日  昭和四八年九月三〇日

裏書日  昭和四八年九月三〇日

(2)  額面金額 金一七四、〇〇〇円

支払期日 昭和四八年一二月一六日

支払地  北上市

支払場所 北上信用金庫本店

振出地  北上市

振出日  昭和四八年九月二四日

裏書日  昭和四八年九月二四日

(3)  額面金額 金一三〇、〇〇〇円

支払期日 昭和四八年一二月二七日

支払地  北上市

支払場所 北上信用金庫本店

振出地  北上市

振出日  昭和四八年九月三〇日

裏書日  昭和四八年九月三〇日

(4)  額面金額 金二二五、〇〇〇円

支払期日 昭和四九年一月二七日

支払地  北上市

支払場所 北上信用金庫本店

振出地  北上市

振出日  昭和四八年九月三〇日

裏書日  昭和四八年九月三〇日

二、原告はこの手形の各満期日に支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶された。

三、仮りに被告が自ら本件手形を振出さないとしても右野田が被告の代理人として振出したものであり、また仮りに右野田に代理権が与えられていなかったとしても、被告は右野田に対し本件以外の手形振出の代理権を与えていたのであり、野田はその権限を越えて本件手形を振出したものであり、原告が野田の本件手形の振出がその権限内であるということを信ずべき正当な理由があるので、民法一一〇条の表見代理が成立し、被告は本件手形の支払義務を負う。

四、仮りに右の点につき理由がないとしても、被告は右野田に対し被告名義で当座預金口座を開設し、これを利用して被告名義で手形を振出すことを許諾し、それにもとづき野田が同口座を開設し、被告名義で本件手形を振出したものであるから民法一〇九条の表見代理または商法二三条の名板貸の法理により被告は本件手形の支払義務を負う。

五、よって原告は被告に対し右各手形の手形金および各満期日の翌日から手形法所定の利率による損害金の支払を求める。

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として「請求原因事実中、被告が野田に依頼し当座預金口座を開設したことは認めるがその余は否認または不知」と述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

被告が野田を通じて当座預金口座を開設したことについては当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫および右争のない事実等を綜合すれば、次の事実を認めることができる。即ち、昭和四八年一〇月ころ被告は野田栄一の仲介によりある自動車販売店から自動車一台を約三〇万円で購入したが、この際の代金支払方法として、毎月一、二万円を手形で支払うこととし、そのため被告は自己の印鑑証明と印鑑を右野田に預け、同人に北上信用金庫に当座預金口座を開設してもらい、同人に対し、自動車代金に満つるまで毎月一、二万円の約束手形を自己名義で振出すことを依頼し、その代理権を与えた。野田は被告の依頼にもとづき北上信用金庫に対し被告名義の当座預金口座を開設し、手形用紙綴の交付をうけ、これに被告の印鑑を押捺し、その印鑑は被告に返還したが、最初数枚については被告との約束通り自動車代金の月賦額に見合う手形を振出していたが、後に被告の印鑑を押捺した約束手形用紙綴を所持していることを奇貨として自己のために被告名義の約束手形を振出すことに思い付き、被告に無断で本件手形四通の振出人欄に被告の住所氏名を冒書し、その他の手形要件を満たしてこれらを自己宛に振出し、これらに裏書をして金融業者である原告方に持参し、自己の原告に対する借金の返済にあてた。この際、野田は学校時代からの友人である原告方専務の沢田信爾に対し、「この手形は事情のある手形だから銀行に入れても落ちないだろう」と述べ、右沢田から「この手形はお前が書いたものだろう」と問われて「そうだ、しかし印鑑は実印である」と答えた。以上の事実を認めることができる。

右事実関係にてらすと、本件手形は被告自身が振出したものではなくまた被告が本件手形の振出につき野田に代理権を与えたものでもないということが明らかであるが、そうであるにもかかわらず何らかの理論構成により被告にその支払義務があるか否かについて検討する。

まず、民法一一〇条所定の権限ゆ越の表見代理であるが、野田が被告から被告名義で自動車代金のための手形振出の権限を与えられたのであるから、この権限は直接手形面に代理人と表示して手形を振出すということではないから厳密には手形振出の代理権ではなく、いわゆる「代行権」ではあるが、代理に類似する法律関係と考えて差支えなく、結局野田には表見代理類似の法律関係を成立させることのできる基本的代理権(代行権)があったものとみるべきである。そして本件手形振出行為は、手形振出の目的に関する被告との約束に違反する行為であって、右代理権(代行権、以下同じ)の範囲を越える行為として民法一一〇条の表見代理類似の関係の成立につき、その一要件を備えているものとみるのが相当である。なお本件においては、手形の受取人は右野田自身であり、同人の裏書によって本件手形が原告に譲渡されたことになっているが、右事実関係に徴すれば、実質的には野田が被告の代理人と称して直接原告宛に手形を振出したことと変りないから、表見代理についての相手方は原告であるとみるのが相当であり、原告につき野田に代理権ありと信ずべき正当理由があるか否かを論ずるべきである。そうすれば、右事実関係によれば、原告方専務の沢田は本件手形が野田の代理行為によって振出されたものであることを知り、しかも同人に代理権があるかにつき一抹の疑問をもちながら何ら振出名義人である被告に問い合わせるなどの調査活動をしていないことなどから少なくとも金融業者である原告としては野田に代理権ありと信ずるにつき過失があったものというべく、民法一一〇条は表見代理の相手方につき無過失を要求しているものという解釈に立ち、結局本件については同条の表見代理類似の関係は成立しないといわなければならない。

次に商法二三条を準用していわゆる名板貸の責任を被告に負わせるべきかについてであるが、被告が野田に対し自己の名義をもって手形振出の権限を与えたのは自動車代金支払のためであって、それ以外の目的ではあり得ず、また被告と野田との関係は単に自動車購入につき野田が被告に仲介をしたというだけであって、それ以上の親密な関係があるわけではないような本件においては、野田が被告名義をもって振出したいかなる目的にもとづく手形についても、被告につきすべて商法二三条のいわゆる名板貸の責任を負わせるのは、余りにも取引の安全のみを顧慮して真正な権利者の保護に欠けるものといわなければならず、ここまで商法二三条の準用を認めるのは相当でないといわなければならない(原告訴訟代理人のあげる福岡高裁昭和四六年六月二三日判決、判例時報六四七号八一頁はおのずから本件と事案を異にする)。

このように見てくると結局本件各手形はいずれも真正に振出されたものとは認められないので原告の本件請求は失当であってこれを棄却すべく、訴訟費用については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 穴澤成巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例